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【代表者コラム】不正会計問題と監査制度

菊川 真
プライムジャパン代表 公認会計士

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株式会社東芝(以下、「東芝」)の不正会計問題については、すでに様々な視点から多くの論述がなされている。今回の事案を巡っては、経営陣の責任、監査委員会や社外取締役等によるガバナンスの問題が指摘されているが、外部監査人の責任の有無について問う声も多い。そこで本稿では、監査の視点から当該問題について考察するとともに、今後の監査制度のあり方について検討を加えたい。なお、文中の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることを申し添えておく。


7月に公表された第三者委員会調査報告書の要約版(以下、「調査報告書」)では、会計監査人による監査について、「本調査の対象となった会計処理の多くについては、会計監査人の監査(四半期レビューを含む)の過程において指摘がなされず、結果として外部監査人による統制が十分に機能しなかった。」としつつも、「工事進行基準による会計処理など、(中略)においては、外部の会計監査人がその見積りの合理性を独自に評価することは極めて困難」とし、「内部統制が有効に機能しない状況下では、(中略)独立の第三者である会計監査人がそれをくつがえすような強力な証拠を入手することは困難である。」とした上で、会計監査人の監査の妥当性の評価については、調査報告書は「目的としていない。」としている。


会計監査について評価は行わないとしている点は、法的権限のない第三者委員会が、会社からの委嘱に基づいて調査を行っている以上、ある意味当然ではある。しかしながら、その前段にある会計監査の限界に触れている点については、率直に言って違和感を禁じ得ない。


確かに会計監査では、会社の内部統制に依拠しつつ、リスクアプローチに基づいた監査手続きを実施している。しかしながら、今回問題とされた工事進行基準のような会計上の見積りには、不確実性が内在するとの認識のもと、財務諸表に虚偽表示が発生するリスクを識別・評価し、内部統制に依拠する程度、および詳細テスト・分析的手法等を加味した監査手続きを実施するものである。さらに必要に応じて、個別事項について、経営者をはじめとする関係者への質問や追加的な監査手続きを実施することもある。この点に関しては、2011年のオリンパスによる不正会計事件を契機として、紆余曲折を経たものの、不正リスク対応基準も導入されている。


現代の財務報告は、工事進行基準に限らず、税効果、減損、退職給付、金融商品等、見積りの要素が増加し、経営者の判断や一定の仮定に基づいた会計処理が前提となっている。私自身、監査法人において金融機関の監査を担当していたため、見積りの監査の難しさは十分に認識しているつもりである。だからこそ、マーケットリスクや信用リスク等会社を取り巻く様々なリスクを考慮しながら、リスクの高い監査領域については重点項目として識別し、トップマネジメントを含めた経営陣、社外取締役、監査役会、内部監査部門、経理部門およびその他の関係部署とのコミュニケーションを適切に図ることが、実効性ある監査を実施する上では欠かせないと実感している。


どの企業においても、実務上の重要な役割を担っている中堅・若手社員はいるものである。そのようなキーパーソンを含めた様々な階層・立場の関係者と意見交換や連携を図りつつ、協力を得ながら、組織的に監査を実施しなければ、とても対処できないというのが実態であった。一概には断定できないものの、仮にそのような関係性を築けないのであれば、監査人としての正当な注意をより一層払うことに留意すべきであると考える。期待ギャップが存在していることは否定しないが、外部監査人に期待されているのは、専門家としての職業的懐疑心やプロフェッショナル・ジャッジメントではないだろうか。この点に関しては、その役割・立場は異なるものの、社外取締役と同様である。


いずれにしろ、個別の監査については、今後、監督当局である金融庁および公認会計士・監査審査会、日本公認会計士協会によるレビュー等が実施されることにより、その妥当性や責任の有無について検証されるであろう。



NEXT:「今後の監査制度のあり方」


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次に、上記の問題意識を踏まえて、今後の監査制度のあり方としては、①監査報告書による情報提供機能の向上、および②監査事務所のローテーション制の導入について、国内でも真剣に検討すべき段階になっているのではないかと考える。


① 監査報告書の情報提供機能


   先に述べたように、現代の財務諸表は、会計上の見積りの要素が増加しており、その内容が複雑化・高度化しているにもかかわらず、現行の短文式監査報告書は、定型的なフォームに基づいた適正・不適正等の監査意見を表明することがメインとなっている。したがって、その意見形成の過程については明らかとはされていない。
この点に関して、特にリーマンショック以降、監査報告書による情報提供機能を高めるべきはないかという指摘がなされてきた。国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、2015年1月、監査報告に関する基準改正を公表しており、監査情報の有用性と透明性の向上を図る観点から、監査報告書において「Key audit matters」(監査上の重要事項)の開示を求めることとしている※1。先に触れたように、現在の財務報告は、経営者の判断や仮定に基づいた見積りの要素が増大している。そのような財務諸表に対する会計監査において、監査上の重点領域やそれらに対する見解等を明らかにすることは、財務諸表利用者にとって有用であり、また同時に監査の品質向上にもつながることは間違いないと考える。



② 監査事務所のローテーション制
   監査のローテーション制についても、これまで様々な意見や議論がなされている古くて新しい問題である。制度のあり方としては、強制ローテーションの他、共同監査や分担監査、あるいは監査契約の入札制など、いくつかの方法が考えられる。この中で、共同監査や分担監査は、他の方法と比較しても実務上の効率性・有効性に難点が多いであろう。入札制については、例えばコーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)の発祥とされる英国のCGコードにおいて、FTSE350企業(ロンドン証券取引所上場企業のうち時価総額上位350社)は、少なくとも10年毎に外部監査契約を入札にかけるべきであること、また取締役会が監査委員会の提案を受け入れない場合には、その理由を説明することを求めている。   さらに欧州連合(EU)は、金融危機を発端とした監査制度改革の一環として、域内の影響度合いの高い企業(PIE:Public interest entity)に対する監査事務所の強制ローテーション制(10年毎)を2016年6月以降(移行措置あり)から適用することにしている※2。ローテーション制については賛否両論あるが、監査を引き継ぐ際には、監査調書の閲覧と併せて、監査上の重要項目やリスクの高い領域について、結論に至る検討プロセスとその判断の根拠等について、後任の監査人に対して明らかにしなければならない。   本年6月に施行された日本のCGコードでは入札制については求められていない。しかし、一部の国内企業においては、すでに任意で、定期的に複数の監査法人による入札を行っている事例もある。ローテーション制については、移行コストなどのデメリットはある。しかし、制度による強制措置だけでなく、例えば、ソフトローの観点から、英国のようなCGコードによる入札制も考え得る。いずれにしろ、利害関係者のコンセンサスを得ながら、新たな制度の導入を検討する段階にあると考える。


以上、本稿でご紹介した監査報告書の変革やローテーション制は、これまで常に議論されてきている課題であり、特にリーマンショックや財政金融危機を契機として議論が活発化し、一部制度の見直しも行われている。国内においても、上場企業による不正会計と言われる問題が後を絶たず、監査の限界を指摘されている状況においては、監査制度の根本が問われているのではないだろうか。


以上



※1 監査報告書の記載内容の改訂については、以前、Tweedie前IASB議長が日本公認会計士協会によるインタビューの中で、「(監査の問題は)金融危機のときに、表面化した。」「私達が衝撃を受けたことの1つは、監査報告書は変わらなければならないと確信したことです。現在の監査報告書の問題は、基本的に、『適正表示か否か』しか示していないことです。良い監査と悪い監査を区別することはできません。」とした上で、「監査報告書を変更することは、(中略)最終的に国際的な流れになるだろうと思います。見積り、仮定について、議論になった事項等、何が問題になったのかを述べることが求められるでしょう。」と答えている(会計・監査ジャーナル2012年10月)
※2 欧州の監査制度改革については、本コラムで以前にご紹介しているが(「監査制度を巡る改革論議」)、監査人の強制ローテーション制について、当初の改革案では6年毎とされていた。