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2013年6月、自民党の提言において、IFRS任意適用を2016年末までに300社程度にするとの方針が打ち出されて以降、我が国におけるIFRS任意適用は着実な増加を見せている。これは、要件緩和等のIFRS推進策の実施や導入事例の積み上げなど、官民一体となった取組みによる賜物と言える。しかし一方で、日本の会計基準とIFRSとの間では、会計に対する基本的な考え方の相違等もあり、任意適用の一層の拡大、さらには強制適用に向けては、なお課題も少なくない。
そこで本シリーズでは、IFRS対応に関する我が国のこれまでの流れを振り返りつつ、足元の適用状況やIFRS移行に伴う財務諸表への影響を分析するとともに、今後の課題と展望について考察を試みたい。
まず第1回の本号では、我が国のIFRS対応の変遷と任意適用の足元の状況について分析した結果をご紹介する。分析にあたっては、特に断りのない限り、開示されている財務情報に基づいて実施している。
なお、文中の意見に関する部分は、筆者の個人的見解であることを申し添えておく。
我が国のIFRS対応は、その時々の国内外の情勢に影響を受けながら変遷してきた。
2005年1月、EU域内の上場企業に対するIFRS強制適用が開始された後、我が国(企業会計基準委員会(ASBJ))とIASBは 「東京合意」を締結し( 2007年8月)、日本基準とIFRSとのコンバージェンス作業が進められてきた。
その間、EUその他の国々におけるIFRS適用の拡大、米国におけるIFRS採用の動き※1などを背景に、国内においてもIFRS強制適用に向けた機運が高まっていった(①②)。
しかし、リーマンショック等の世界的な金融危機や東日本大震災の発生、米国のIFRS導入姿勢の後退、さらには国内産業界からの強制適用への懸念の声を受けたことなどを背景として、2011年の金融担当大臣の声明によって強制適用は、事実上、先送りされた(③④)。
※1 米国SECは、2007年から上場外国企業に対して、調整表なしでIFRS適用を認めた。また2008年11月にロードマップ案を公表し、米国内上場企業に対して2009年から任意適用および2014年から企業規模に応じて段階的にIFRS強制適用をすることが示された。しかし、その後の情勢変化等を受けて、当該案は見送りされており、2012年7月のSEC「最終スタッフ報告」では、IFRS適用の具体的な方向性・時期は示されていない。
このように、いったん後退した流れは、2012年12月、安倍政権が誕生してから、再度、導入促進に向けて舵を切るようになる。
2013年6月、自民党はその提言の中で、IFRS財団モニタリング・ボードのメンバー要件である「IFRSの顕著な適用」を実現するために、2016年末までに300社程度の企業がIFRSを適用する状態になるよう明確な中期目標を立てることを明記し、これを受ける形で、企業会計審議会からは「当面の方針」が示された。
「当面の方針」では、強制適用の是非については、未だ判断すべき状況にないとした上で、まずは任意適用の積み上げを図ることが重要であるとして、任意適用要件の緩和をはじめとする施策が打ち出されてきた(⑤~⑩)。
NEXT:「2015年上半期任意適用状況」
(1)IFRS任意適用企業は2015年上半期で88社に
2015年6月末時点でのIFRS任意適用企業(予定を含む。以下同様)は、88社となった(図表1・2)。特にIFRSの任意適用の積み上げ方針が明確となった2013年以降、導入企業の増加傾向が鮮明になっている。市場別では、東証一部が全体の9割以上と大勢を占めていることに変わりはないが、新興市場でもIFRS適用企業が出てきており、裾野は徐々に広がりつつある。
(2)業種別内訳に大きな変動なし
業種別内訳については、電気機器・医薬品・卸売業が引続きトップ3となっているほか、全体的な傾向に大きな変動はない。上位3業種については、業界全体として任意適用が一定水準、進んでいると言える。
図表4は、業種別に集計した海外売上割合である。個別には相対的に高い海外売上割合を示す業種(機械等)もあるが、全体的には、IFRS適用と海外売上割合との間に、目立った相関関係は見られない。
(3)IFRS適用企業の決算期
IFRS適用企業に限らず、ここ最近の特徴として、決算期を12月決算に変更する企業が増えている点が挙げられる。IFRSは、日本基準と異なり、実務上不可能でない限り、親会社と子会社の決算日を統一することが求められているが、グローバル市場への展開、海外M&Aの増加等を反映した傾向と考えられる。なお、IFRS任意適用企業88社のうち、12月決算は11社存在するが、うち6社が12月へ決算期変更している(図表5)。
図表6. 決算期変更企業
会社名 | IFRS適用 | 決算期変更 (変更前) | 変更理由 |
---|---|---|---|
日本たばこ産業 | 2012年3月期 | 2014年12月期 (3月期) | 海外連結子会社と決算期を統一することで、内外一体となった決算・管理体制の強化・効率化を図るとともに、経営情報の適時・的確な開示を図り、経営の透明性を更に高めるため。 |
中外製薬 | 2013年12月期 第1四半期 | 2003年12月期 (3月期) | 2002年10月に中外製薬㈱と日本ロシュ㈱が合併し、ロシュ・ホールディング・リミテッド(スイス)が親会社となったことによる、グループ間での決算期の統一が主たる理由と思われる。 |
旭硝子 | 2013年12月期 | 2003年12月期 (3月期) | 会社の営業年度を統一し、業績開示の対象となる期間を一致させることにより、四半期業績などの経営情報をより適時に開示し、経営の透明性の更なる向上を図るため。また、営業年度を多くの海外企業と同一にし、当社のグローバル企業としての位置付けをより明確にするため。 |
クックパッド | 2015年12月期 第1四半期 | 2014年12月期 (4月期) | 海外連結子会社を含むすべての連結子会社と決算期を統一することで、グループ一体運営の推進及び経営情報の適時・的確な開示による更なる経営の効率化を図るため。また、2015 年12 月期第1四半期より適用を予定している国際会計基準(IFRS)に規定されている連結会社の決算期統一の必要性にも対応を図るため。 |
ジーエヌアイ グループ | 2015年12月期 (適用予定) | 2009年12月期 (3月期) | 当社及び連結子会社の決算期を統一することにより、四半期決算等の経営情報をより適時に開示し、経営の透明性の更なる向上及び業務の効率化を図るため。 |
花王 | 2016年12月期 第1四半期 (適用予定) | 2012年12月期 (3月期) | 海外連結子会社と決算期を統一することで、グローバルな事業の一体運営の推進及び経営情報の適時・的確な開示によるさらなる経営の透明性の向上を図るため。また、将来適用が検討されている国際財務報告基準(IFRS)に規定されている連結会社の決算期統一の必要性にも対応を図るため。 |
注:変更理由は、中外製薬を除き、各社開示資料より抜粋して作成。
NEXT:「売上規模・ROE・時価総額の状況」
(4)財務データによる分析
① 売上規模別の分布
図表7は、 売上規模別の分布である。IFRS任意適用企業の約8割は、1,000億円超の売上水準にあり、IFRSを採用している企業の多くが一定規模にあることは間違いない。ただ一方で、少ないながら100億円以下(うち1社は5億円未満)の企業も存在しており、企業規模にかかわらず、各社各様の事情に応じて、IFRSを採用している姿が見て取れる。
② ROEの分布
図表8はIFRS任意適用企業のROEの分布である。集計の結果、IFRS任意適用企業のROEの平均値は8.75%であることがわかった。このうち、5%以上が約8割、8%以上が約5割強、10%以上が約4割を占めている。上場企業全体のROEの水準は、5%~10%の水準※2・3・4にあるとされていることから、IFRS任意適用企業のROEが、とりたててに高い水準にあるわけではなさそうだ。
【参考:上場企業のROE】※2 2012年一般企業実績平均5.3% ・・・伊藤レポート(2014年8月6日)より※3 上場企業の平均は2015年3月期で8%強・・・日経新聞「重工各社もROE重視 事業の選別で競争力蓄える」(2015年7月16日)より※4 上場企業の3社に1社がROE10%・・・「日本再興戦略」改訂2015(2015年6月30日)より
③ 時価総額
IFRS任意適用企業の時価総額は119兆円(2015年6月末時点)、市場全体に占める割合は20%となり、USGAAP適用企業の13%を超えた(図表9)。また時価総額上位50社について言えば、約1/3がIFRSを採用している。
図表10. 時価総額ランキング上位50社の会計基準の適用状況
順位 | 証券No. | 銘柄名 | 時価総額(億円) | IFRS | 米国基準 | 日本基準 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 7203 | トヨタ自動車 | 256,350 | ○ | ||
2 | 8306 | 三菱UFJ | 115,462 | ● | ○ | |
3 | 9437 | NTTドコモ | 107,640 | ○ | ||
4 | 9432 | 日本電信電話 | 106,270 | ○ | ||
5 | 2914 | 日本たばこ産業 | 88,740 | ○ | ||
6 | 9984 | ソフトバンク | 88,393 | ○ | ||
7 | 9433 | KDDI | 85,207 | ○ | ||
8 | 7267 | 本田技研工業 | 71,778 | ○ | ||
9 | 8316 | 三井住友FG | 71,283 | ● | ○ | |
10 | 8411 | みずほFG | 61,980 | ● | ○ | |
1位から10位までの 適用基準の合計社数 | 5 | 5 | 3 | |||
11位から50位までの 適用基準の集計(11位以下の詳細はこちら) | 14 | 8 | 18 | 合計 | 19 | 13 | 21 |
注: 時価総額のランキングは日本経済新聞Web版のマーケット情報(2015年8月21日終値ベース)。会計基準はプライムジャパン調査。なお●は、IFRSまたは米国基準に準拠した開示書類Form 20-FをSECに提出していることを示す。
以上、本号では、IFRSについて足元の適用状況を概観した。なお、IFRS任意適用企業は直近では91社(2015年8月末現在)となっており、すでに準備を進めている企業を含めると、近い将来に100社を超えるのは確実な情勢と言える。
このようにIFRS任意適用企業は、その時価総額合計が、東証全体の20%を占めていることに象徴されているように、市場全体において一定のプレゼンスを示すに至っていると言える。
一方で、自民党の提言にあった「IFRSの顕著な適用」を実現するために掲げられた、2016年末までに300社という目標の達成には、日本基準とIFRSにおける基準間差異の存在等、なお越えなければならないハードルは高い。
そこで次号では、日本基準とIFRSの主要な差異に触れつつ、先般公表された修正国際基準について解説するとともに、その意義について考察してみたい。