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企業会計基準委員会(ASBJ)は、2017年5月10日、実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」(以下、「本公開草案」という)を公表しました。本公開草案では、従業員等に対して付与される権利確定条件付き有償新株予約権について、無償ストック・オプションと同様、労働サービスの提供に対する対価として報酬費用を認識することが提案されています。
近年、企業が従業員等に対して新株予約権を付与する場合に、当該従業員等が一定の額の金銭を払い込む取引が増加しています※1。しかしながら、この有償新株予約権については、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、「ストック・オプション会計基準」という)の適用範囲に含まれるか否かが明確でなく、現行実務では、その法形式に着目して、新株予約権に関する会計基準(複合金融商品適用指針)に従った会計処理を行っている企業が多いとされています※2。こうした状況を踏まえ、本公開草案は、権利確定条件付き有償新株予約権に係る会計処理について、その取扱いを明確化することを目的として公表されたものです。
※1 2010年1月から2017年1月までに、有価証券報告書提出会社299社で当該取引が行われている(ASBJ事務局による調査)※2 「現行の実務においては、企業が権利確定条件付き有償新株予約権を発行している場合、複合金融商品適用指針に定める処理、すなわち、発行時の払込金額を新株予約権として計上し、権利行使時に権利行使に伴う払込金額及び行使された新株予約権の金額の合計額を資本金又は資本剰余金に計上している企業が多いと考えられ、ストック・オプション基準に従って報酬費用を計上している企業は少ないと考えられる。」(第323回企業会計基準委員会:2015年11月6日)
本公開草案は、企業がその従業員等に対して権利確定条件が付されている新株予約権を付与する場合に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む取引(以下、当該取引において付与される新株予約権を「権利確定条件付き有償新株予約権」という)を対象とする。
従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する場合、当該新株予約権は、ストック・オプション会計基準第2項(2)※3に定めるストック・オプションに該当するものとする。
※3 自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等に報酬として付与するもの。
(1) 権利確定日以前の会計処理
① 権利確定条件付き有償新株予約権の付与に伴う従業員等からの払込金額を、純資産の部に新株予約権として計上する。
② 各会計期間における費用計上額は、権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額を差し引いた金額のうち、当期に発生したと認められる額を、対象勤務期間を基礎とする方法その他合理的な方法に基づき算定する。
③ 権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額は、公正な評価単価に権利確定条件付き有償新株予約権数を乗じて算定する。
④ 公正な評価単価は付与日において算定し、ストック・オプション会計基準に定める条件変更の場合を除き見直さない。公正な評価単価における算定技法の利用については、ストック・オプション会計基準第6項(2)に従う。
⑤ 権利確定条件付き有償新株予約権数の算定およびその見直しによる会計処理は、次のとおりに行う。
⑥ 新株予約権として計上した払込金額は、権利不確定による失効に対応する部分を利益として計上する。
(2) 権利確定日後の会計処理
① 権利確定条件付き有償新株予約権が権利行使され、これに対して新株を発行した場合、新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替える。
② 権利不行使による失効が生じた場合、新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を、当該失効が確定した期に利益として計上する。
(3) 本公開草案に定めのないその他の会計処理については、ストック・オプション会計基準および企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下、「ストック・オプション適用指針」という)の定めに従う。
権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する注記は、ストック・オプション会計基準第16項およびストック・オプション適用指針第24項から第35項に従って行う。
(1) 本実務対応報告は、公表日以後適用する。
(2) 公表日より前に従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与した取引については、従来採用していた会計処理を継続することができる。この場合、当該取引について次の事項を注記する。
① 権利確定条件付き有償新株予約権の概要(各会計期間において存在した権利確定条件付き有償新株予約権の内容、規模(付与数等)およびその変動状況(行使数・失効数等))
② 採用している会計処理の概要
本公開草案と併せて、企業会計基準適用指針公開草案第57号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理(案)」(企業会計基準適用指針第17号の改正案)が公表されており、本公開草案の適用対象となる新株予約権は、同適用指針の適用範囲に含まれないことが提案されている。
NEXT:「実務への影響」
審議の過程における主な論点は、次の3つでした。
論点1:勤務条件および業績条件が付された有償新株予約権の取扱い
論点2:遡及適用の有無
論点3:勤務条件が付されておらず業績条件のみ付された有償新株予約権の取扱い
論点1については、有償新株予約権(有償ストック・オプション)は、法形式上は新株予約権の発行であり、資金調達や投資機会の提供としての性質を有するものの、付与の対象が従業員等に限定され、かつ、権利確定条件が付されていること等から、その経済的性質に着目し、無償のストック・オプションと同様に、付与日以降の将来の労働サービスの提供に対する対価として報酬費用を認識することが適当であるとされています。
論点2に関しては、現状では、複合金融商品適用指針を適用しているケースが多いと考えられ、既に発行された有償新株予約権について、過去に遡って付与日における公正な評価単価や失効の見積数を算定することは、実務上困難とされたことから、将来に向かって適用することとされています。
論点3については、一定期間の勤務が明示的に要求されていない場合も報酬費用を認識すべきか否かが議論の対象とされました。この点、「業績条件のみが付された有償新株予約権」についても、従業員等に限定して付与され、かつ、業績条件によるインセンティブ効果はあると考えられること等から、論点1の場合と同様、その経済的な性質を踏まえ、ストック・オプション会計基準の適用範囲に含め、原則として報酬費用を認識すべきとされています。
有償ストック・オプションは、中長期的な企業価値向上に対するモチベーションを高めるための制度として登場し、特にここ最近では、コーポレートガバナンス・コードを契機として導入事例が増えていると言われています。
有償ストック・オプションは、一般的に、公正価値に基づいた金銭の払込みにより付与される新株予約権の発行であり、無償ストック・オプションとは異なり、原則として株主総会の承認を経ることなく、取締役会決議のみでの機動的な発行が可能です。加えて、会計処理上は、その法形式を重視し、基本的に、報酬費用の計上は必要ないものとして取扱われてきました。このように有償ストック・オプションは、無償ストック・オプションと比較して多くのメリットを有し、従業員等に対する新たなインセンティブ政策の一つとして注目されてきました。
こうした状況の中、本公開草案では、有償ストック・オプションは、付与時に従業員等が金銭を払い込む点を除けば、取引条件は無償ストック・オプションと基本的に同じであると整理されました。この結果、本公開草案が最終化された場合には、報酬としての性格も併せ持つものとして、会計処理上、付与後の報酬費用の計上が必要となってくることになります。今後、有償ストック・オプションの導入を検討している企業においては、本公開草案の動向に留意した対応が必要であると考えられます。
A社は、2017年6月の株主総会において、従業員25名に対して以下の権利確定条件付き有償新株予約権を付与することを決議、同年10月1日に付与し、当該従業員25名から金銭が払い込まれた。
決算期 | 未行使 | 失効 | 行使 | 備考 |
---|---|---|---|---|
2017年10月1日 (付与日) | 3,000個 | 2,850個 | ― | 付与日において、権利確定が見込まれる新株予約権は150個(見積失効数2,850個)である。 |
2018年3月期 | 3,000個 | 2,850個 | ― | 失効数の見積りに変化はない。 |
2019年3月期 | 3,000個 | ― | ― | 業績条件を充足することが明らかとなったため、権利確定が見込まれる新株予約権の数量は3,000個であることが判明した。 |
2020年3月期 | ― | ― | 3,000個 | 権利行使25名 |
以上
外部リンク:
ASBJ 実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」等の公表