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【代表者コラム】IFRS分析-実務における適用状況 No.2

菊川 真
プライムジャパン代表 公認会計士

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2011年11月、SECは「実務におけるIFRS分析」(”An Analysis of IFRS in Practice”)と題するスタッフペーパー(以下、本スタッフペーパー)を公表しました。本スタッフペーパーは、実際にIFRSを適用している企業の財務諸表の分析と評価を通じて、その実務上の適用状況を詳細に報告しています。本コラムでは、以前、本スタッフペーパーの概要について触れましたが、今回は具体的な調査・分析の内容について、ご紹介します。なお、文中意見に関わる部分は筆者の私見です。


SECスタッフは調査対象となった企業の財務諸表を、開示の透明性と明瞭性、IFRSへの準拠性、財務諸表の比較可能性の観点から分析し、各項目について検討を進めています。以下、主要項目についてポイントをご紹介します。


会計方針


会計方針の選択適用について、IFRSではIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」を定めています。また具体的な会計基準が存在しない場合には、類似の基準やIFRSの概念フレームワークを検討することとされていますが、IFRSと矛盾しない限りにおいて、他の基準設定主体による指針や実務を参照することが可能としています。本スタッフペーパーによると、調査対象企業の20%が会計方針の開示において、現地国の指針を参照していたことがわかりました。
会計方針の開示に関して、IFRSはIAS第1号第117項において、財務諸表の作成に用いた測定の基礎および財務諸表を理解する上で関連性のあるその他の会計方針の両方を開示することを求めています。この会計方針の開示について、分析対象企業は概ねIFRSの基準に適合していたものの、その開示のレベル、詳細度は企業によってかなりのばらつきが見られたと指摘しています。例えば、特定の取引に対して適用した会計基準又は具体的な会計方針の開示がなかったケースが複数の企業で見られたこと、また会計方針の開示が明確でない代表的な領域として、株式報酬、事業結合、廃止事業、事業セグメント等を挙げています。
IFRSでは、例えば将来に関する想定事項やその他の見積り上の不確実性の主な要因について、最も重要な影響を与える会計方針を適用する過程で経営者が行った判断を開示することを求めていますが(IAS 1.122-133)、対象企業の5%がこれらの開示を行っていなかったと述べています。一方で、これらの開示を行っていた企業では、最も重要な影響がある会計方針として、2から12の会計方針を開示しており(平均は6)、項目としては、金融商品、有形固定資産及び無形固定資産の減損、引当金、従業員給付、法人所得税については過半数の企業が開示していたと述べています。


財務諸表の表示


そもそもIFRSは、財務諸表の厳密な様式を具体的に規定しているわけではなく、その様式および内容について一般的な指針を示しているに過ぎません。したがって本スタッフペーパーでも、表示に関しては、各企業がさまざまな解釈に基づいてIFRSの規定を適用し、その様式・内容が国家間・産業間で相違していること、また多くの場合、現地国のレギュレーションに基づいて作成されていると指摘しています。ただし、いずれの場合も、対象企業の財務諸表の表示は、IFRSの規定と矛盾していないように見受けられるとコメントしています。


財政状態計算書における資産・負債の分類については、対象企業において相当程度の比較可能性がありました。大部分の企業は、資産・負債の表示について流動・非流動区分を採用し、いわゆる固定性配列に基づいた表示を行っていました。ただし、銀行業や保険業については、多くの場合、流動・非流動の区分は行わず、また銀行業は流動性配列、保険業は固定性配列を採用していました。この点は、明瞭に識別可能な営業循環で商品又はサービスを提供していない金融機関等に対するIFRS規定の趣旨とも合致しています(IAS 1.63)。また、金融資産の分類表示については、さまざまな形態があったとしています。例えば、ある銀行業に属する企業の場合は、「金融資産」または「投資」のような単一科目で表示し、詳細な内容については注記で補完しているケースもあれば、金融資産の分類(例えば売却可能金融資産、トレーディング資産、ローン等)に応じて、財政状態計算書に区分表示しているケースもありました。


損益計算書の表示に関しては、IFRSでは、認識された収益・費用のすべての項目を単一の包括利益計算書により表示するか(1計算書方式)、損益計算書と包括利益計算書の別箇の計算書により表示するのか(2計算書方式)の選択適用が認められていますが、圧倒的多数の企業が2計算書方式を採用していました。費用の表示に関しては、IFRSは、費目別分類表示又は機能別分類表示の選択適用を認めていますが、実際の適用状況は、おおよそ半分ずつでした。また、機能別分類表示を選択した場合、IFRSでは、費用の費目(性質)別分類に関する追加的情報を開示することが求められていますが(IAS 1.104)、分析によると、機能別分類を選択した対象企業の約1/3が費目別の金額を開示していなかったとしています。その他の事例として、例えば関連会社の損益のうち投資企業の持分(いわゆる「持分法による投資損益」)は独立項目として表示することとされていますが(IAS 28.38)、表示区分に関する具体的な規定が存在しないため、実務上はいくつかの取り扱いが見られます。この点に関して、本スタッフペーパーでも、6つの表示パターンがあったとしています(具体的には、①税前利益の前、②金融収益・費用の内訳項目、③営業利益の内訳項目、④営業利益の後、⑤当期利益の前、⑥売上その他の収益の内訳項目)。


キャッシュフロー計算書に関しては、圧倒的大多数の企業が間接法を採用していました。出発点となる「損益」については、IFRS(IAS第7号)では特段の規定がなく、実務上は税引前損益や税引後損益が多いように思われますが、本スタッフペーパーの調査では10種類のパターンがあったとしています。その他に、現金同等物の分類に関してもばらつきがあり、例えば、ある国の企業は保有する一定の投資信託株式を現地の金融規制当局の指針に基づき、現金同等物に分類している事例もあったことが紹介されています。


@NEXT@

資産・負債の会計処理

以下、資産、負債の内、主要項目についてご紹介します。


棚卸資産・有形固定資産
棚卸資産について、ほとんどの企業が資産計上した原価の費目(性質)を特定していませんでした。また、ほとんどの企業が流動資産に分類していましたが、一部の企業は固定資産に分類していたと述べています。
有形固定資産については、当初認識後の測定にあたり、原価モデル又は再評価モデルのいずれかを適用することとされていますが(IAS 16.29)、分析対象企業の圧倒的多数が原価モデルを採用していました。また減価償却方法については、定額法を採用している企業が圧倒的多数でした。


資産の減損
資産の減損における使用価値の算定は、多くの企業でディスカウント・キャッシュフロー予測に基づいて算定されていました。この場合、IFRSの規定上、割引率は税引前であることとされていますが、多くの企業では税引後の割引率を適用していたと記載されています。減損については、IFRSは広範囲にわたる項目の開示を要請していますが、一部の企業では、使用価値や売却費用控除後の公正価値を算定する際の重要な仮定や判断を開示していなかったと指摘しています。


引当金、偶発債務および偶発資産
負債項目の内、引当金、偶発債務および偶発資産に関して、多くの企業ではIFRS上、要請されている開示をまったくしていないか、もしくは限定的な開示に留まっていたと指摘しています。例えば、IFRSでは引当金および偶発債務について、その財務的影響の見積額や不確実性に関する開示を要求していますが、多くの企業では開示を省略するか、限定的な開示しか行っていないとコメントしています。また引当金等については、その分類ごとの開示を要請していますが、それらの分類を定義しないケースもあったとしています。


収益・費用の会計処理

以下、収益、費用に関連する項目の内、主要な論点についてご紹介します。


収益
対象企業の1/3強が収益認識に関する会計方針を開示していましたが、それらの収益認識基準が実際の取引にどのように適用されているかの十分な説明はなされていなかったとコメントしています。また不明瞭な収益認識基準を開示している企業の大部分が、電気通信産業、自動車産業、電力・ガス・水道事業、食品事業および医薬品販売業であったとしています。


株式報酬
株式報酬について、対象企業の2/3がIFRS第2号「株式報酬」の範囲に属する取引を行ったと開示しており、またその内の半分弱の企業が、持分決済型もしくは現金決済型(又はその両方)の会計方針を開示していました。ただし、これらの企業の開示内容には相当程度のばらつきが見られ、ある企業はほとんど、その情報を開示していない一方で、他の別の企業は付与した報酬の価値測定に関する仮定の詳しい内容等詳細な開示を行っていたとしています。


繰延税金資産
繰延税金資産の認識については、将来減算一時差異を利用できる課税所得が生ずる可能性が高い(”probable”)範囲内で認識しなければなりませんが(IAS 12.24)、一部の企業では「可能性の高い」以外の基準、例えば、”recoverable”「回収可能な」、”likely”「見込みのある」、”expected to be realizable in the foreseeable future”「予見可能な将来において実現可能な」等として開示されていたことを明らかにしています(なお、IFRSでは課税所得が生ずる「可能性が高い」具体的な状況を明示していませんが、一般的には50%超の場合が該当すると考えられます)。


従業員給付
従業員給付については、いくつかの企業が確定給付年金制度に関する会計処理について、現地国の指針に準拠したか、もしくはそれらの指針に基づいた修正を行ったとしています。例えば、退職給付債務を測定する割引率を現地国の法律に基づいて決定していると開示している事例もあったとしています。また現地国の中央銀行が数理計算上の差異を5年以内に償却することを求めていると開示している事例もありました。なお、数理計算上の差異の認識において、大部分の企業は発生時に全額をその他の包括利益として認識する方法を採用しており、回廊アプローチを採用していた企業は一部であったとしています。


売却目的で保有する非流動資産および廃止事業
対象企業のほとんどが、売却目的で保有する非流動資産および廃止事業のいずれかを開示していました。しかしながら、廃止事業を開示した企業の1/3、売却目的の資産を開示した企業の大部分が、その会計方針が不明瞭であったと指摘しています。さらにはIFRSに準拠していないと見受けられる企業も複数あったとしています。これは例えば、「売却目的保有」に分類される要件の一つとして、現況のままで即時に売却可能であることがIFRSの規定上、求められていますが(IFRS 5.7)、本スタッフペーパーでは現在の状態で売却できない資産を売却目的資産に分類していたケースがあったとしています。


【筆者コメント】


財務情報は企業の財政状態及び経営成績に関する真実な報告を提供することを大前提としていますが、一般投資家その他ステークホルダーの意思決定を誤らせない範囲において、重要性の乏しいものについては簡便な方法によることも認められています。したがって財務情報の開示の内容や質は取引の規模や将来の業績への影響度によって、当然に差異が生じてくるのが実態です。本スタッフペーパーでは、開示の不十分さを示唆する指摘がなされていますが、それらが結果として、IFRSの規定から逸脱していることになるのか、経営者の重要性の判断によるものなのか、あるいは例えば企業にとって著しい不利となる偶発債務等の開示に関するIFRSの特例(IAS 37.92)によるものなのかについては明確ではありません。いずれにしろ、IFRSの適用状況については多くの内容が網羅されていますので、参考情報としては有用です。
なお、例えば会計方針の開示に関して、多くの領域において開示が不明瞭であった分析対象企業の割合は,SEC登録企業よりも,それ以外の企業の方が高かったと指摘しています。SEC企業財務部は、SEC登録企業に対して開示レビュー・プログラムを実施し、必要に応じて追加の情報や開示等の見直しを要請することが出来ます。日本にも金融庁(財務局)による有報のレビュー制度はありますが、そのような外部モニタリング体制の充実による結果とも考えられます。
2012年7月、SECスタッフはIFRSの組込みに関する最終報告書を公表していますが、その中でSECスタッフは、規制当局による活発なレビュー・プログラムが、適用された会計基準の比較可能性と質を向上させると述べており、さらにSECと同様のレビュー制度がグローバルでのIFRS適用の一貫性確保にとって望ましいとの考え方を示し、国際的なレビュー制度の必要性にも触れています。最終報告書では、米国におけるIFRS導入の形態について、アドプション方式ではなく、エンドースメント(承認)を通じて米国基準のなかに取り込んでいく方式を支持しており、従来からの立場と変わっていません。最終決定までには、まだ紆余曲折があり得るでしょうが、その導入に当たっては財務情報の国際的なレビュー体制のあり方にも議論が及ぶ可能性があり、その動向は日本の制度にも影響がありそうです。