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【図解M&A】第6回:M&Aと内部監査上の視点

トランザクションサービスチーム

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M&Aは企業自身にとってはもちろん、株主その他多くの利害関係者にとっても極めて重大な取引であり、その成否はその後の経営に多大な影響を及ぼす。すなわち、M&Aは、大きな経営リスクの一つと言える。しかし、実際には、必ずしもその当初の目的を達成しているとは言い難い事例が散見されるだけでなく、中にはその存続さえ危ぶまれるケースも見受けられる。例えば、AOLタイムワーナーやダイムラークライスラーなどの事例は有名である。
このようにM&Aが、一般には必ずしも当初の目的通りに機能せず、その効果を発揮していないことの理由の一つとして、M&Aの意思決定プロセスにおけるリスク管理の重要性を過小評価していることによるとの指摘も少なくない。
M&Aは経営トップの強い想いや意志がなければ完結しないし、また企業価値向上のために実行する以上、ビジネス優先となるのは当然であるが、だからこそ、当初の経営目標を着実に達成し、その統合効果を十分に発揮するためには、ディールの各プロセスにおいて適切な統制を整備し、運用していくことが、リスク低減の観点から必要であると考える。そして、そのような統制を構築し、定着させ、さらに継続的に改善していくための機能として、内部監査部門が果たすべき役割も大きいと考える。


ただし実際には、潜在的なリスク項目として、M&Aを内部監査の対象にしてこなかったのも事実である。しかし、M&Aが失敗した場合の経営に与えるインパクトを考慮すれば、M&Aに伴う統合リスクに対して、予防的プロセスを整備・運用していく試みは、有効かつ効果的である。
以下では、M&Aプロセスにおいて求められる統制と内部監査部門における監査上の視点、役割についてご紹介する。



1.M&Aプロセスにおける統制

M&Aプロセスにおいて求められる統制の事例は、以下の通り。
① M&Aプロセスについて、社外取締役、監査役会から適切にチェックを受ける体制が整備されている。② リスク管理のため、戦略立案時から統合手続に至るすべてのM&Aプロセスで生じる個々のリスクを事前に想定・識別し、管理する仕組みがある。③ 投資委員会または取締役会にて、基本合意時点、契約書締結時点等のマイルストーン時に適切な検証、評価手続の情報が提供され、適切な議論、調整活動の後、承認が行われている。④ 関与するメンバー(社外アドバイザー等を含む)の機密情報保持に関する適切なルールが整備・運用されている。M&Aプロセスの交渉過程では、社内外に無用な混乱を招かないための機密保持が重要である。⑤ M&Aの成果を測る基準・指標等を設定している。M&Aプロセスの品質とその結果としての統合効果をより高めるために、それらの基準・指標等に基づいて、M&Aプロセスがマイルストーン時に適切に評価され、さらに統合後においてもM&Aの成果が相当の期間に亘り投資委員会または取締役会に報告されている。


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2.M&Aプロセス監査における監査上の視点

以下では、M&Aプロセスにおける内部監査上の視点とその手続きをご紹介する。

Phase監査上の視点
全般
  • M&Aについて、社外取締役、監査役会から適切にチェックを受ける体制が整備されているかを確認する。
  • M&A実行部門と評価部門の役割と責任が明確にされているかを確認する。
  • M&A実行責任者とM&Aの活動を監視する管理部門責任者とが適切に分離されているかを確認する。
  • 過去のM&A案件の成功・失敗事例をもとに、M&Aの戦略立案から契約後まで実施すべき手続の概要を記述した、「M&Aプロセスチェックリスト」を作成し、ノウハウの蓄積を行っているかを確認する。
  • 進捗管理を適切に行うための項目の洗い出しを行い、それぞれの項目を社内および社外の誰が関係し、リスク管理のために誰がいつまでにどのような作業を実施・報告・検討するか全体を管理しているかを確認する。
  • 「M&Aプロセス・チェックリスト」と「問題点管理表」(プロセスを進めていくうえで発見された問題事項のリスト)に従い適切な情報管理を行っているかを確認する。
  • M&Aプロセスのマイルストーン時点(LOI締結時点、DD報告書受領時点、Valuation Report受領時点など)で、リスクを定量化していることを確認する。
  • 各時点で当初想定していたシナジー効果算定の数値モデル(事業計画など)を適切に修正し、発見されたリスク事項を可能な限り数値化して意思決定を行っているかを確認する。
  • M&Aプロセスに関する職務分掌、権限規程、情報の作成・伝達ルール、作業チェックリストなどの基本的枠組みが構築されているかを確認する。


PhaseProcessDescription
プレ・ディールM&A戦略の
策定
  • 自社の経営戦略とM&Aが整合しているか検討されているか確認する。
  • 戦略遂行にあたってのM&A以外の方法が検討されているか確認する。
  • 買収後の企業統合上の課題がリストアップされて検討されているか確認する。
ターゲットの選定
  • M&Aの仲介業者を利用している場合、複数の事業者から幅広く選択しているか確認する。またM&Aの仲介業者について、実績や信頼性について検討しているか確認する。
  • 買収候補企業の業種等は、経営戦略から考慮して妥当か確認する。
事前検討
  • M&Aのストラクチャー(買収形態)や、公開情報を基にした事業価値の暫定的算出を実施しているかを確認する。
  • 初期情報の開示前に、秘密保持契約が締結されていることを確認する。
  • 秘密保持契約の条項は一般的にM&A当事者の権利を不当に制限しないものであることを確認する。(例:秘密保持の期間が長期に亘る等)
PhaseProcessDescription
ディール実行
基本合意書
締結
  • 基本的条件(買収価格、買収形態、買収方法等)について合意した時点で、基本合意書(基本契約書)を締結しているか確認する。
  • 基本合意書において、基本的条件のほか、後続のデューデリジェンスの進め方、買収時期、買収後の役員・従業員の処遇等の条件や、排他的交渉権、善管注意義務等が記載されているか確認する。
デュー
デリジェンス
  • 原則としてすべてのM&A案件について、デューデリジェンス手続を実施することにより、対象企業の調査・評価を実施していることを確認する。
  • 調査内容についても、事業(生産、販売等)、財務、法務等各分野について実施していることを確認する。
  • 各種DDの結果収集された定性的または定量的なリスク情報並びにValuation Report等の情報をもとに当初作成した数値化された仮説モデルを様々な角度から検証していることを確認する。
買収契約書
締結
  • デューデリジェンス後の条件の再調整を経てから最終契約書が締結されていることを確認する。
  • デューデリジェンス手続の中で、問題点・リスク等が発見された場合は、基本合意の再調整を実施し又は買収価格の調整を実施していることを確認する(デューデリジェンスで発見された問題点・リスクについて、最終契約書の条項に反映されていることを確認する。)
  • 売手側の表明・保証条項や競業避止条項等の記載すべき条項の記載が検討されていることを確認する。
クロージング
  • クロージング手続として、譲渡代金の支払、株券や印鑑等の受渡等、各M&A取引の種類に応じた手続が実行されていることを確認する。(当局への届け出手続が必要となる場合がある。また、従業員や取引先へのM&Aの説明、新経営陣への事業の引継等も含む。)
  • クロージング後のM&Aに係る会計処理が、適切に実施されていることを確認する。特に買い手側においては、企業結合日時点でのPPA(Purchase Price Allocation)業務が必要となる。これはM&A取引のための評価業務とは異なるため、別途PPAのための資産・負債の評価業務を実施する必要性が生じる場合もあることに留意する。

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3.M&Aにおける内部監査部門の役割

最高内部監査責任者(Chief Audit Executive)の内、M&Aに伴うリスク管理が適切に実施されていると感じているのは33%のみであるとの調査結果がある。(※“PwC 2012 State of the Internal Audit Profession Study”より)
これに対して、内部監査人はM&Aプロセスにおいてもっと重要な役割を引き受けるべきとする見解も多い(http://www.theiia.org/intAuditor/feature-articles/2008/june/the-auditors-role-in-mergers-and-acquisitions/ )。以下ではその内容について簡単にご紹介する。


戦略策定フェーズ
内部監査部門は通常、M&A戦略策定プロセスにはほとんど関与していないが、適切な仕組み、ストラクチャー、統制環境が事前に整っていれば、M&Aは半分成功したのも同然である。ここで内部監査部門が果たし得る役割は次のとおりである。
  • トップマネジメントとの情報共有
    M&A取引については、一般に内部監査部門に事前に伝わらないことも多いが、自社の経営戦略の変更を伴う取引について可能な限り情報の共有を経営層と行うことは、全社的な統制環境の評価を行う上でも重要である。
  • リスクマネジメントプロセスの監査
    リスクアプローチの観点に基づいて、想定されるリスクを定義し、また目標を達成する上での障害の見極めに関与する。この結果、マネジメントによるディールに対する適切な課題設定とリスクの緩和に貢献するこことが可能となる。
  • 課題の検討状況についてのレビュー
    M&Aは限られた期間で行われ、またトップマネジメントは対象企業の問題点や欠陥について、往々にして考慮しないことが多いと言われる。これらがプレディールの段階で、適切に議論ないしは対処されているのかについて、内部監査部門が確かめることは、M&Aを成功に導くうえで重要である。
  • システムや業務プロセスに対するアドバイス
    ターゲット企業のシステムや業務プロセスは自社と大きく異なるのが一般的であるが、プレディールの段階でそれらについて、想定されるリスクや課題についての分析を行い、対処方法等に関するアドバイスを行うことは、トータルベースでの統合コストの軽減に役立つ。
ディール実行フェーズ
  • 他部門(経理・財務、人事、法務等)と協働してデューデリジェンスに関与
    各部門と一緒に参加することによりデューデリジェンスの効果を高める。
    • 範囲の検証:財務、コンプライアンスの主要な問題をカバーしているのかの確認
    • リスクに対するアドバイス:リスクの軽減方法や対応案作成に関するアドバイス
    • 発見事項の確認:デューデリジェンスで発見された主要な問題点の評価とフォローアップ
  • ターゲット企業の内部監査部門に対するヒアリング
ポストディールフェーズ
このステージの大きな目的は、いかにスムーズに統合を進め、想定したシナジーを発揮できるようにするかである。
  • 統合プロセスの監査
    一連の統合プロセスの監査を実施することによって、ディールに不備がなかったのかの検証を行う。またこのような監査を継続することによって、将来的なM&A取引に役立たせ、統合効果をより高めるために必要となるアクション・プランの策定にも貢献できる。
  • 統合後の監査計画、手続きの策定
    新経営陣による新しい経営戦略にしたがったリスクアセスメントのためのプランニング。シナジー効果を発揮し、統合による付加価値を高めるために関連するプロセスやシステムに関するレビューがメイン。

内部監査部門は、戦略策定プロセス、デューデリジェンスの実行および事業統合プロセスに積極的に関与することを通じて、M&Aにおけるリスク管理の品質向上に寄与することが可能であり、M&Aプロセスにおいてより重要な役割を引き受けるべきだと主張する一方、そのような役割を担うには、まずマネジメント層の理解が必要であること、また相応のスキルと専門性を持った人材が必要であることも認めている。
監査におけるプロセスレベルの様々な経験と知識のある内部監査人は、M&Aプロジェクトにおいても積極的な貢献が可能であるが、そのための環境整備には、関係当事者の理解と認識の共有が欠かせない。