KNOWLEDGE & TOPICS ナレッジ&トピックス
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さて、5回シリーズで決算の正確性を確保しつつ、決算早期化の実現へ向けた具体的アプローチ方法を提言していきましたが、最終回となりました。これまでは早期化に向けての具体的アプローチをご紹介してきましたが、最後に早期化と内部統制についてお話をさせていただきます。
■ 決算チェックリストの運用
決算早期化のためには、ボトルネックの改善だけではなく、正確性の向上に向けた取り組みが大切であることは初回でもお話しました。正確性を伴わない早期化では本来の開示の趣旨に反することになりますし、また両者は必ずしも相反するものではありません。この決算の正確性向上のためには、一連の改善事項を含めて作業内容を標準化するとともに、その結果を可視化することがポイントになります。ここでは、その具体例として決算チェックリストによる運用をご紹介します。
決算チェックリストは、実施すべき決算手続きや留意点を記載し、この手続きに従い作業を実施することにより、一定の品質を保持することを主眼としています。
添付ファイル(決算チェックリスト.pdf)では、ご参考までに一般貸倒引当金の例を掲げています。例えば「作業の工程」本文欄には、具体的に、誰がどのような資料・情報に基づき何を実施・作成するか、作業結果としての証跡は何かといった記載をします。なお、決算チェックリストに財務報告上のリスクや関連するアサーションを項目として織り込むことにより、あるべき内部統制の整備とその運用のためのツールとしても利用することが可能です。
決算チェックリストの「作業の工程」欄は、決算作業で作成される資料・情報等の成果物がどのような手順を経ているのかという観点から作成されます。つまり、「作業の工程」欄は決算仕訳や財務報告につながるデータフローに沿って作成されているので、そのフローの中で重要なアサーションの達成を阻害する要因を財務報告リスクとして特定できます。つまり決算チェックリストは財務報告リスクの抽出と対応する統制の整備や作業の標準化にも有効に機能し、決算の正確性確保につなげることができるわけです。
■ 決算チェックリストの効用
決算チェックリストは、決算作業の正確性確保に有用なだけでなく、作業全体の進捗管理を行い、決算作業工程表の予定完了日より遅延した作業についてのリアクションをスムーズに実行するためのツールとしても役立ちます。なお遅延した決算作業がクリティカルパス上の作業である場合には、管理者は当該作業の遅延理由および作業完了の目処等を優先的に確認し、工数の割当て等必要な対応を行うことになります。
また作業担当者の立場からすれば、一連の決算作業の根拠・背景、作業目的、一般的な考え方と処理の詳細、留意点等を確認しつつ作業の実施ができ、また作業結果についてチェック事項のチェックを行うことで自己のタスク完了が確認できるので、安心して次の決算作業に取り組めるというメリットがあります。作業担当者を不安・ストレスから解消させる側面は実は作業の時間短縮に相当寄与するものと考えます。
決算チェックリストの最大の効用は、決算チェックリストを決算の都度、継続的に使用し、前回決算時の留意点や作業担当者のコメントを自由に書き加えていくことで、決算作業上のノウハウを蓄積する媒体となることにあります。決算チェックリストを継続的に活用することにより、作業担当者個人の暗黙知・ノウハウを組織としてのナレッジとすることが可能となります。決算チェックリストを、“指示待ち”の受身のコミュニケーション手段としてではなく、経理部門メンバーすべてが積極的に参加する双方向のコミュニケーション手段として利用し、ノウハウの蓄積を図るためにも、決算チェックリスト作成・更新時に経理部門担当者が積極的に関与することが大切となります。
■ 決算早期化のためのプロジェクトの進め方
業務改善の実行段階では、プロジェクトチームは、改善活動の円滑な実施および改善結果の定着を図るための機能を発揮する必要があります。その際の留意点を挙げておきます。
プロジェクトチームから経理部門メンバーへの意識づけについては、まずプロジェクトの理念と達成すべき目標を明確にしておくとともに、プロジェクトをより実効性あるものにするためにも、当該理念と目標をプロジェクトの各段階で常に意識させておくことが重要です。また、アンケート・ヒアリング等を利用し、改善プロジェクトの趣旨・ビジョンの説明も行って、決算業務を担う経理部門メンバーを巻き込むことが必要です。さらに、プロジェクト内でのステータス会議の定期開催等により情報共有を徹底し、経理部門等現場担当者の理解を得ながらプロジェクトを推進する必要があります。
改善の定着化のためには、業務改善した結果を標準化し、決算作業工程表および決算チェックリストを継続的に活用することをお勧めします。プロジェクトの完了と同時に改善活動が終了となるわけではなく、改善活動のPDCAサイクルを経理部門内に確立することが必要であり、これにより自律的かつ継続的な改善とその高度化につながると考えます。そのためにも、プロジェクトチームは改善の推進役のバトンタッチを円滑に行い、経理部門が自走化できるようになるための仕組み(ルール化、KPIの確立、人事評価との連携等)を提供し、一方、経理部門は決算作業工程表や決算チェックリストの更新を定期的に行い、仕組みやツールそのものが陳腐化しないように留意することが何よりも重要であると考えます。
最後に
5回シリーズの本稿もこれで終了です。決算早期化に向けた具体的着眼点をご紹介してきましたが、今後経理部門は、種々の会計制度変更への対応をよりいっそう求められると思います。そのためにも、本稿をヒントにしていただき、経理部門全体としての自律的かつ柔軟な対応能力を維持・向上させていく仕組みを定着化し、正確性を確保した決算早期化につなげられることを望みます
「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を充分に発揮していくことができる、そういうものだ。」(スコット・フィッツジェラルド)