KNOWLEDGE & TOPICS ナレッジ&トピックス
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企業活動は、言うまでもなくヒト・モノ・金・情報を経営資源とした「付加価値創造のプロセス」です。そして企業会計は、そのような企業活動を支えるインフラとしての機能を果たしており、その成果物として財務諸表を開示しています。
ここで財務諸表は、「記録と慣習と判断の総合的所産である」とよく言われます。「記録」は、一定の会計事実を適正な基準に基づいて複式簿記の原則により記録することであり、「慣習」は、それらの会計記録が、実務の積み重ねを経た一般に公正妥当と認められる会計基準に基づいていること、そして「判断」は、そのような会計基準を選択適用する過程において、多分に経営者の判断が伴うことを表しています。特に経済活動および業種・業態の多様化に伴い、見積りの要素が強くなった近年の財務会計では、金融商品、繰延税金資産の回収可能性、減損会計等の多くの会計処理において、経営者の明確なポリシーと判断を伴っています。
このような経営者の判断に当たっては、その前提となる一定の知見と判断材料が必要になります。複雑・多岐に亘る取引を網羅的に捉え、全体を俯瞰しつつ、個々の実態を適切に反映していく作業は一筋縄で行かないことも多くありますが、実務部隊として、そのような作業を担っているのが決算の現場です。昨今の経理部門は、内部統制の整備・運用や四半期決算への対応、さらにはIFRS対応も含めると多忙を極めつつあります。制度的な期限を抱えながら、スピード感を保ちつつ、適時・的確なディスクローズを継続的に実施していくには相応のインフラと優秀な人材の確保も求められます。そして、外部の環境要因も加味しながら、個々の取引実態を評価していくことは、多くの場合、高度かつ精緻な作業を伴うものですが、このような決算の一連の過程は単なるオペレーションの集積ではなく、いわば「現場」のさまざまな知恵とアイデア、ノウハウが結集したプロセスと捉えることが可能です。「価値創造のプロセス」である企業活動を支えるインフラが企業会計であれば、その現場を担う経理部門もひとつの価値創出のプロセスを担っていると言えます。
私がこのようなことを最も強く感じたのは、いくつかのコンバージョン・プロジェクトに参加したときです。いずれも日本の会計基準から他の会計基準(IFRS、USGAAP)へコンバージョンするものでしたが、そのプロセスは多くの知恵とアイデアの結集だったと今でも感じています。
例えば、信用リスクの評価を例に挙げます。
信用リスクの評価は最も見積りの要素が強い会計基準の一つであり、経営者の判断によって、その結果である数値も大きく異なりますが、そもそもGAAPコンバージョンを適切に行うには、リスク評価の対象となるポートフォリオの整備が前提条件として求められます。そのようなデータに基づいて、ポートフォリオをリスク特性に応じてグルーピングを行い、それらのグルーピング毎に予想損失率を合理的に見積もることが必要だからです。一般にグルーピングに当たっては、ポートフォリオの構成内容(業種、地域、金額、個人・法人別、保全状況など)に応じて適切に行うことが必要ですが、従来の日本企業の場合には、事業戦略やシステム上の制約もあって、必ずしもグルーピングに応じたデータの蓄積が行われていないケースも少なからず見受けられました。つまり今までと異なる基準を適用する場合において、前提となる基幹データ上の制約を何らかの方法で克服しなければなりませんでした。
取引慣行の相違による影響もあります。例えば、DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)によって損失率を算出する際、日本と海外ではキャッシュフローの概念そのものが異なる場合があります。金融機関を例に挙げると、米国の場合には、取引先に貸倒れの懸念が高まると、迅速に当該債権を売却・譲渡するか、チャージオフして問題を早期に解決する傾向が強い一方、日本においては、少なくとも従前は、長年の取引慣行の中で、経常運転資金による借換え、DES(デット・エクイティ・スワップ)、債務免除等の対応を行ってきました。したがって表面的なキャッシュ・イン・フローを図っただけでは、取引の実態を見誤ることになりかねません。したがって、このような取引慣行の違いを反映して、年々のキャッシュフローの特性をどのように捉えて評価をするか、また損失見込期間を何年とすべきかを慎重に検討する必要があります。
その他、予想損失率の算出ロジックの変更の要否、変更しない場合の合理的説明の構築、変更する場合の新規ロジックの組立て、日本基準にはない定性分析を伴った質的調整のルール化等一つひとつ挙げれば切りがありませんが、これらの課題を整理・解決して、制度と実務の要請にも配慮しながら、適正な信用リスクの評価を遂行するのは、多くのメンバーによる議論の積み重ねとノウハウの共有が欠かせませんでした。そして、その中で社内の各部門の協力を得ながら中心的役割を担うのが、多くの場合、経理財務部門だと思います。このように経理財務部門は、高度な知的生産活動と実務的処理の双方をこなしていく、極めて専門性の高い職種となっているわけですが、それだけにプロジェクトの中で培われたノウハウやアイデアを一過性のものとして終わらせてしまうのは、あまりにもったいないことだとも感じました。
いま経理財務部門は、負荷の増大、属人的業務への依存、業務の改善や見直しをする時間的余裕がない等さまざまな課題を抱えながら日々の業務を遂行しているのが多くの実態ではないかと思われます。高度な生産活動を担っている経理財務部門において、決算という一連の価値創出プロセスを支えていくには、①業務の全体を標準化・可視化して生産性の向上を促しつつ、②知識や経験、ノウハウを蓄積・継承していく仕組み作り、そして③人材の育成が必要と考えています。私たちは、決算という高度なノウハウを誰でもいつでも利用できる共有財産とするためサポートを日々、行っていますが、決算プロセス全体を継続的に改善し、課題の解決を図り、高度化を促進するための、一種の触媒となることを心がけています。