KNOWLEDGE & TOPICS

ナレッジ&トピックス 社長コラム

【代表者コラム】IFRS時代における経理財務部門の役割と会計士の存在意義

菊川 真
プライムジャパン代表 公認会計士

印刷する


ご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、2011年4月3日の日経新聞に「会計士浪人を金融庁が雇用」という記事が掲載されていました。金融庁は公認会計士試験に合格したものの就職できなかった「待機合格者」を若干名採用するというものです。具体的な人数は明らかにされていませんが、2010年の試験合格者1,900名のうち、「待機合格者」が4割に達している現状から見ると、根本的な解決には程遠いと言わざるを得ないでしょう。


日本の公認会計士制度は、2006年より新しい試験制度がスタートしています。その結果、合格者数はそれまでの700名程度から急増し、ピークの2008年には3,000名を超えました。私は2007年まで監査法人に在籍していましたが、当時、急に増えたスタッフの育成・管理に戸惑ったことを覚えています。その後、景気低迷の影響もあって監査法人の採用が減少している一方、一般企業への就職も当初の期待通りには進んでいないようです。これには、新卒一括採用方式や中途採用に求める企業側のニーズとのミスマッチ、既存の人事・給与体系等さまざまな要因があると思います。しかし、このような人員構成の急激な変化は、監査法人内部においても、さまざまな課題をもたらしています。特に問題なのは、若手スタッフがなかなか経験を積めないことではないでしょうか。従来、会計士は監査法人に入所してだいたい3年目あたりから主査を経験します。主査を経験することにより、監査業務の現場責任者として、一連の監査手続きの策定と監査意見形成を担うだけでなく、スタッフの教育指導も行います。しかし、スタッフ数が増加する一方でクライアント数は減少しているため、主査を経験する機会が減っていると言います。人は教えることによって成長するものですが、若手スタッフの経験不足と指導教育機会の減少は、監査業界における人材育成において、大きな課題と言えるのではないでしょうか。



一方で複雑・多様化する財務会計の世界では、一般企業における人材不足が課題のひとつになっています。顕著なのはIFRS対応における人材不足でしょう。実際、日頃の私たちの業務活動においても、そのような相談を受ける機会も多くなっています。日本の労働力人口が減少し、経済環境を取巻くリスクも高まっている昨今において、このような財務会計のインフラを担う人材候補のミスマッチは大きな社会的損失です。

しかしながら、企業内において今ほど経理財務部門の役割が増しているときはないと思います。すなわち、経理財務部門は従来の業務処理(および統制活動)を主体とした主計機能としてだけでなく、むしろ経営目標を達成するための阻害要因を財務の視点から提言する戦略的アドバイザーとしての役割が日に日に増していると思われます。リーマンショック以降、グローバルマーケットは(日本を除いて)その水準を回復しつつありますが、ビジネス環境を取巻く不確実性は増すばかりです。経理財務部門は、企業を取巻くさまざまな要因について、他部門と協力して経営目標の達成を阻害するリスクの源泉を識別・特定し、業績目標への影響度合いを社内外に向けてタイムリーにかつ適切に説明する役割が増していると思われます。


このことはIFRS時代を迎えてよりはっきりするでしょう。取得原価主義、期間損益の適正化を主眼としていた従来の日本基準がいわば「過去の財政状態と経営成績」を表明していたのに対して、資産・負債アプローチ、公正価値評価を基礎とするIFRSでは、財務諸表等に「(将来的に発現し得る可能性のある)企業の潜在的リスク」が反映されます。したがって、経済社会のボラティリティが増す中で、リスク管理の強化と説明責任が一段と重要度を増してくるでしょう。この点に関して弥永真生筑波大教授は、「リスクが(IFRSの適用によって)大きく見えるようになっても、IR活動などで投資者をはじめとする利害関係者を説得して、経済的実態は変わっていないことを理解してもらう。」もしくは「少なくとも、どうリスクをヘッジしているか、情報をより多く提供し、リスクに見合ったリターン・効果があることを説明する。」ことの重要性を説いています(注1)。またIBMは2年に一度、世界1,900名以上のCFOおよび経理財務部門の上級管理職を対象としたアンケート調査を行っていますが、その中でも、経理財務部門の課題の内、「リスク管理軽減に対する支援」および「全社的な情報統合の推進」としての機能が際立って高まっていることが指摘されています(注2)。


このように経理財務部門は、先行きの不透明感が増す中で、その役割はより戦略的な機能をも担う組織として、将来リスクと財務への影響を分析・評価し、経営戦略の立案および実行プロセスにおいて、有用な情報の提供および指標の提示を行うことが求められるようになっています。

その意味において、財務会計、管理会計、税務、内部統制、経営学等について体系的知識と実務経験を有する会計プロフェッショナルが企業内において活躍できる場は広がっていると思います。ただ残念ながら、現状は双方のミスマッチを根本的に解消するには至っていないようですが、昨年から、新たな試みとして、一部の大手監査法人と企業間の出向も行われるようになっています。その成果はこれから具体的に検証されることになると思いますが、本来の制度改正の趣旨に則り、公認会計士の経済社会における活躍の場が広がり、結果として日本企業の競争力の向上、企業理念の実現に資することが出来れば、経済全体の活性化に貢献できると同時に会計士業界の底上げにもつながるのではないかと思います。それだけに会計士の側も狭い視野で自身のキャリアパスを考えるのではなく、さまざまな選択肢を考えてほしいものです。私は公認会計士試験に合格して監査法人に入所したものの、10か月後にはベンチャーキャピタルへの出向を志願しました。その後、2年間で監査法人には戻りましたが、その間、ベンチャーファンドの組成・管理だけでなく、投資先企業およびそのビジネスの評価等貴重な経験を積むことが出来ましたし、その時の交流はいまも続いています。同じ会計士を目指した後輩たちには、広い世界に向かってさまざまな変化にチャレンジしてほしいと思います。


(注1)日本経済新聞2010年2月19日「経済教室」より

(注2)IBM Global CFO Study 2010