KNOWLEDGE & TOPICS

ナレッジ&トピックス 社長コラム

【代表者コラム】Integrated Reporting(統合報告)

菊川 真
プライムジャパン代表 公認会計士

印刷する


IRと言えば一般には「Investor Relations」、すなわち企業がその財務や経営の状況、業績動向等を投資家に向けて公表する活動全般のことを指しますが、もうひとつIRと言われるものがあります。国際統合報告委員会(the International Integrated Reporting Committee、以下「IIRC」)により提唱されている” Integrated Reporting“(以下、「統合報告」)です。
IIRCは、英チャールズ皇太子によるプロジェクト「The Prince’s Accounting for Sustainability Project (A4S)」により2010年8月に創設された組織です。その目的は、財務報告に環境・社会・ガバナンスに関する情報を統合し、簡潔明瞭にかつ一貫性と比較可能性を備えた様式に基づいて、国際的な情報開示のフレームワークを構築することとされています。この際のフレームワークは、企業全体のパフォーマンスに関する過去の実績と将来の見通しを包括的でわかりやすく伝え、より持続可能性に富んだ新しいグローバル経済モデルのニーズに応えることを主眼としています。
この創設の趣旨に則り、IIRCは2011年9月、統合報告(integrated reporting)に関するディスカッションペーパーを公表しています。このディスカッションペーパーは、統合報告の定義と必要とされる背景、その構成要素と基本理念等について整理し、国際的な統合報告のフレームワークの構築に向けての提案を行い、世界各国からの幅広い意見を得ることを目的としていました。


実際のところ、企業はこれまで社会的な要請のもと、さまざまな情報開示を行ってきました。財務情報を中心とした決算短信や有価証券報告書、内部統制報告書はもちろん、アニュアルレポートやCSR報告書、環境報告書等々、年々、その範囲は拡大し、その内容も多様化・高度化してきました。一方で報告書は長文となり、その開示に係る企業側の負担は増大し、関連する情報を適切に把握、整理したうえで、開示に向けた調整作業に多くの時間とコストを費やすこととなっています。また情報の利用者側では、例えばそのビジネスモデルや経営資源、組織におけるガバナンス体制、社会貢献活動等の各種情報が企業の経営戦略や目標達成の実現ならびにそのリスクや不確実性とどのような関連を持つのか、あるいはそれら情報相互の関連性と有用性等について、適切に情報を読み取ることが容易ならざるを得ない傾向も見られます。これは日本だけでなく世界共通の現象です。その意味で、企業を取り巻くあらゆる経営資源、社会資本を網羅し、環境問題にも配慮した包括的・体系的な情報開示に向けた新しいアプローチの構築は、情報の出し手・受け手双方にとってだけでなく、広く社会全般において必要かつ有意義なことと考えます。


@NEXT@

ディスカッションペーパーでは、統合報告を次のように定義しています。「統合報告は、組織を取り巻く商業的、社会的、環境的な背景を考慮しつつ、組織の戦略、ガバナンス、業績および将来の見通しについての重要な情報を一体として提供するものである。統合報告は、組織がどのようにその経営責任を果たし、またどのように価値を創出し、維持しているかについて明瞭簡潔に報告するものである。」IIRCは統合報告を、組織における主要な報告手段とすべきであるとしています。
また統合報告が必要とされる背景を次のように説明しています。「企業は現在、さまざまな情報開示を行っているが、経済のグローバル化が進む一方で、世界的な金融危機やガバナンス問題の発生とそれらへの対応、企業の透明性や説明責任への期待の高まり、資源・人口・環境問題等を反映して、経営のあり方や取り巻く環境も大きく変化している。そのような背景のもとで、企業から提供される情報は増大しつつも、情報開示に関する大きな期待ギャップが存在しているのも事実である。このような状況に対応し、将来的な情報開示の発展を支えることのできるフレームワークが必要とされている。」フレームワークは、これまで関連付けられてこなかった多面的な情報を、全体として首尾一貫した情報に統合し、いま現在および将来における企業の価値創出能力を示すものであることが必要であるとしています。


ディスカッションペーパーでは、統合報告を作成するうえでの基本理念として、①Strategic focus(戦略的焦点)、②Connectivity of information(情報の相互関連性)、③Future orientation(将来志向)、④Responsiveness and stakeholder inclusiveness(ニーズへの対応性とステークホルダーの包含性)、⑤Conciseness, reliability and materiality(簡潔性、信頼性および重要性)の5つを挙げていますが、私は、特にこのなかでも「将来志向」が特に重要であると感じています。情報の利用者として、経営者による事業の持続可能性に対する分析とその将来の方向性を網羅的かつ体系的に理解することは、単なる一企業の評価に止まらない洞察を得られるのではないかと考えるからです。


昨今、日本においては企業のコーポレートガバナンスのあり方を問い直す意見や制度を見直す動きも出ています。もちろん、制度に欠陥が存在すれば、それによる社会的弊害と制度の有効性を比較考量し、適切に対応していくことは欠かせません。ただし、法令順守の名のもとに、個々の問題に対してただ制度強化を繰り返すことは、必ずしも経営の改善には直結しないということを忘れてはなりません。企業はこれまでも様々な規制や要請に応じて、多岐にわたるアプローチを社内に築いてきましたが、その結果、取組みの重複や非効率な運営も見受けられるようにもなっています。コーポレートガバナンスは内部統制やリスクマネジメント、コンプライアンス等と密接不可分な関係にあり、一体となった取組みが必要です。つまり効率性・一貫性・有効性等に配慮した「統合」の視点は、情報開示だけでなく、その前提となる企業の仕組みや運営形態についても、より一層求められています。
ディスカッションペーパーでは、「世界は変わった。報告も変わらなければならない。」と提言しています。私自身は、多様性と変化が社会の進化の源であると考えていますが、限りある資源を有効活用するには、経営を取り巻く環境に対する全体的視点と情報の共有、そして分かち合いに向けた方向性の確認が必要と考えています。その道のりは一筋縄ではいかないものと考えますが、私どももその実現に向けて、地道な活動に専念していきたいと考えています。


(注)文中のディスカッションペーパーの内容に関する記述は、筆者の理解に基づき一部、簡略的または解釈的な翻訳をしています。正確な内容については、原文をご確認ください。