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【代表者コラム】2014年IPO市場の動向

菊川 真
プライムジャパン代表 公認会計士

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1. はじめに


IPO
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2014年の株式市場は382円安の波乱の幕開けとなった。取引初日の相場下落は、リーマンショックのあった2008年以来、6年ぶりのことである。
前年の2013年の活況は記憶に新しい。世界的な金融緩和による株式市場への資金流入、円安効果、アベノミクスに基づいた政策への期待感から、日経平均株価の年間上昇率は50%を超え、過去30年で最大を記録した。対して2014年は、前年の反動や円安の一服感、消費税増税による景気後退懸念などを背景に、前半は不安定な動きが続いた。しかし5月後半からは一転して上昇基調に転じ、6月には「日本再興戦略」改訂版が公表され、法人税を20%台まで引き下げることを目指す政府方針が明記されるなど、成長戦略の実効性を一段と高めるための方策が打ち出された。9月後半にかけて高値圏で推移した後、いったん大きく調整する局面はあったものの、日銀追加金融緩和、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の株式運用割合の引上げなどを背景に、年末にかけて再び上昇ピッチを早め、12月8日には日経平均株価が約7年ぶりに18,000円を超え、年初来最高値を更新した。このような相場環境の中、2014年の国内の新規上場会社数は80社と前年を上回った。以下、本レポートでは、2014年におけるIPO市場を振返りながら、その動向を整理してみたい。なお、文中の意見に関する部分は筆者の私見である



2. 2014年のIPO市場の動向


(1)新規上場会社数は5年連続の増加
ここ最近の新規上場会社数の推移を見ると、リーマンショックのあった2008年を境に低迷し、2009年には19社まで落ち込んだ。これはピーク時(2000年の203社)の10分の1以下の水準である。しかし、その後は徐々に回復基調に転じ、2013年の新規上場会社数は58社まで回復、リーマンショック前の水準にようやく戻った。さらに2014年は、当初年間70社前後の新規上場が予想されていたが、期待以上の結果となり、ここ数年の好調な流れを維持した格好だ。これで5年連続の増加である(図表1参照)。新規上場会社数の推移(単位:社)

この間、政権交代はあったものの、いずれの内閣においても日本経済の持続的な成長には、成長企業へのリスクマネーの供給と新興市場の活性化が不可欠であるとの認識に変わりはなく、成長戦略の柱の一つとして、新規上場促進に向けた制度改正や環境整備が行われてきた。最近のIPO市場の回復は、財政・金融政策に基づいたマクロ経済要因だけでなく、こうした一連の上場制度の見直しによる基準緩和や負担の軽減策が功を奏していると評価できる。


(2)業種別では情報・通信業が最多
業種別では情報・通信業が24社と全体の3割を占めた。昨年トップだったサービス業が18社、次いで小売業が10社で、これら上位3業種で全体の6割超を占めている(図表2参照)。2012年および2013年も、これら上位3業種の割合は6割超と同様の傾向が続いている。図表2. 業種別内訳

情報・通信業、サービス業には個性的な企業や独自技術を持つ企業が数多く見られる。「面白法人」のブランド化を進める(株)カヤック、「パーソナライズ」を切り口としたマーケティング支援事業のサイジニア(株)、音声と映像に専門特化したミドルウェアを開発する(株)CRI・ミドルウェア、アドテクノロジー分野においてRTB(リアルタイム入札)技術を使ったプラットフォームを提供する(株)フリークアウトなどはその一例である。



(3)初値の動き
2014年の初値と公募価格の倍率は、全体平均で1.9倍となった。市場別で見た場合、マザーズ市場は平均2.4倍と2013年(2.5倍)とほぼ同水準、JASDAQ市場は1.7倍と2013年(2.7倍)を下回った。2013年はアベノミクスへの期待感とそれに基づく株式市場の活況とがあいまって、初値が公募価格を下回った銘柄はわずか1社に留まったが、2014年は全体の2割近い15社が公募価格を下回る展開となった。2014年はマーケットが停滞する局面も少なからずあったが、個々の案件に対する投資家の選別の目も厳しくなったと考えられる。
初値/公募価格倍率のトップ10は、すべてマザーズ銘柄である(図表3参照)。上位2社の初値は公募価格の5倍を超えている。市場全体では2倍を超える銘柄が29社(うち26社がマザーズ市場)あった。このうち例えば、マザーズに上場したCYBERDYNE(株)は、赤字でのIPOであったが、初値は公募価格の2.3倍、時価総額も400億円を超える水準に達した。このように成長期待の高い企業への投資家の評価は、足元の業績やマーケットの動向にかかわらず依然として高いと言える。

図表 3. 初値/公募価格倍率


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(4)市場別ではマザーズが最多
上場市場別ではマザーズが44社と最多となり、全体の5割超を占めている。次いでJASDAQの11社、東証一部10社、東証二部10社である(図表4参照)。図表4. 市場別内訳

マザーズ市場の割合は、2011年30%、2012年48%、2013年50%と年々増加している。マザーズは2010年以降、成長企業向けのステップアップ市場としてのコンセプトを明確化し、上場審査基準の見直しなどを行ってきたが、ここ数年の取組みが結果として表れている。また、2014年は大型案件も相次ぎ、直接東証一部に上場した企業は前年より4社増え、10社となったことも特徴として挙げられる。



(5)ファイナンスの規模は増加、大型案件も複数
2014年の資金吸収額(公募と売出しの合計額)を集計したところ、IPO市場全体で9,684億円(オーバーアロットメントによる売出し分は除く。以下同様)となり、前年比+87%の大幅増加となった(図表5-1参照)。オーバーアロットメントによる売出しを含めると1兆円を超えている(注1)。図表5-1. 年間資金吸収額合計(単位:億円)

資金吸収額が10億円超の案件は2013年の32社に対して2014年は45社、30億円超の案件は2013年13社に対して2014年23社と全体の伸び率以上に増えた。2013年はサントリー食品インターナショナル(株)1社の資金吸収額(3,689億円)が突出していたが、2014年は、ここ数年のファイナンスサイズの増加傾向がIPO市場全体に拡がったと見ることができる。市場別の資金吸収額は、マザーズ平均では21億円(2013年18億円)、JASDAQ平均は11億円(2013年11億円)である。
図表5-2. 資金吸収規模別の社数(単位:社)

2014年は大型案件も複数あった。ここ数年では、日本航空(株)(2012年)、サントリー食品インターナショナル(株)(2013年)が注目されたが、2014年に資金吸収額が500億円を超えた案件は、(株)ジャパンディスプレイ3,185億円、(株)リクルートホールディングス1,970億円、日立マクセル(株)729億円、(株)すかいらーく668億円の4社となった。その他、テクノプロ・ホールディングス㈱462億円、(株)西武ホールディングス445億円と続き、100億円を超えた案件は11社と2013年の4社から大きく増えている(図表5-2および5-3参照)。2015年も新規上場が見込まれる大型案件が複数あり、引き続き注目を集めることになると思われる。

図表5-3. 資金吸収額上位10社(単位:億円)

(6)その他の特徴
2014年はここ数年の制度改正等に伴って、案件の多様化も見られた。以下、代表的な事例を紹介する。

① IFRSによる上場
    2013年10月、国際会計基準(IFRS)任意適用の要件緩和のための連結財務諸表規則等の改正が行われた。これにより、未上場会社でもIFRSを適用してIPOをすることが可能となり、2014年では(株)すかいらーくとテクノプロ・ホールディングス㈱の2社がIFRSを適用して上場を果たした。(株)すかいらーくは2006年にMBOを実施し、その際に多額の「のれん」が発生、テクノプロ・ホールディングス㈱も投資ファンドによる買収の際に「のれん」が計上されている(注2)。IFRSは日本基準とは異なり、「のれん」の毎期償却が不要であるが、事実上の再上場となった両社のIPOに際してIFRSが採用されたのは、このような財務上の要因が大きかったものと思われる。    ただし、IFRSを適用して財務諸表を作成することは、財務的な観点だけでなく、資金調達面や社内インフラの整備、海外マーケットへの進出促進など、グローバルな観点からのメリットも大きい。ビジネスラインがシンプルで、規模もそれほど大きくない段階にあるベンチャー企業の場合、IFRSへの移行コストは相対的に小さくなり、その分メリットも大きくなるのではないだろうか。上場後の成長を見据えて、早い段階から戦略的にIFRSを採用することも選択肢の一つとなり得ると感じている。
② 種類株式の発行
    2014年は議決権種類株式を活用したIPOが1社(CYBERDYNE(株))あり注目を集めた。議決権の異なる種類株式を発行することにより、経営権を維持したまま上場するケースは、GoogleやFacebookなど米国IT企業ではしばしば見られるが、少なくとも日本では今回が事実上、初の事例と言われており、わが国のIPO市場にとって大きな一歩となった。    サイバニクス技術による医療用ロボットスーツを開発する大学発ベンチャーであるCYBERDYNE(株)は、上場した普通株式のほかに、10倍の議決権が付与されたB種類株式を発行し、同社の創業者および関連する財団法人が保有するスキーム(注3)を採用している。このようなスキームを採用した理由として、開示書類によれば、企業価値向上に向けて当面の間は事業の中心的人物である創業者が、経営に安定して関与し続ける必要がある旨などが記載されている。    東証は、CYBERDYNE(株)の上場に先立つ2014年2月、「IPOの活性化等に向けた上場制度の見直しについて」を公表し、利用ニーズが顕在化しつつある議決権種類株式による上場に係る上場審査の観点を明確化する方針を掲げ、その後、7月に上場審査等に関するガイドラインを改正している。    種類株式を活用したIPOは、企業価値向上に欠かせないノウハウを創業者等が有する研究開発型のベンチャー企業にとっては潜在的なニーズが高い。一方で、コーポレートガバナンス上の問題点等を指摘する声もあり、日本では普通株に転換して上場することがこれまでの通例とされていた。種類株式を活用したIPOが米国のように定着するか否かは、個々の事例の積み上げを図りながら、投資家の賛同を得ていくことがポイントとなってくるであろう。今回の事例を含めて、今後の動向に注目したい。
③ 赤字決算での上場
    2014年に新規上場した企業のうち、直前期の決算が赤字だった企業は7社あった。このうちマザーズ市場では、ゲーム・デジタルコンテンツの企画開発を行う(株)エクストリーム、インターネット上のマーケティング支援を行うサイジニア(株)、クラウドソーシングサービスの(株)クラウドワークス、バイオベンチャーの(株)リボミックそしてCYBERDYNE(株)など計5社を占めた。(株)クラウドワークスおよびCYBERDYNE(株)の2社は、申請期の業績予想も赤字であった。    マザーズ市場は、高い成長可能性という市場コンセプトに即した審査手法を2011年から導入しているが、成長性の要件として、申請期前後における増収増益基調や黒字化は必ずしも必要とされなくなり、赤字となる計画であっても、長期的な観点から事業計画の合理性が認められれば上場可能となっている。また、本則市場でも企業の収益性に関する実質基準の見直しが実施されている。今後も、足元の業績にかかわらず、将来的な成長が期待されるベンチャー企業等がより多くIPOの門を叩くことによって、産業の新陳代謝を促す起爆剤となることを期待したい。



3.2015年の展望


近年のIPO市場は、一時期の停滞期を抜け出し、回復傾向を強めてきている。2015年は引続き好調を維持し、新規上場数は2014年を上回り、一部には100社を超えるのではないかとの声もある。これが実現すれば2007年(121社)以来、8年ぶりの大台となる。2014年の特色の一つとしては、大型案件が注目を集めたが、2015年も日本郵政グループ3社の同時上場が秋口に予定され、引き続き話題を集めそうである。大型案件以外でも、マーケットの拡大と多様化の進むスマートフォンアプリなどのIT関連企業、バイオを含めた研究開発型メーカー等多くのベンチャー企業が上場候補に挙がっており、引き続きバラエティーに富んだ一年となりそうだ。
その一方で、1990年代半ばからリーマンショック前の2007年までは、一貫して100社以上の新規上場企業がほぼ毎年誕生し、2000年には過去最高の203社に達していたことを考えると、潜在的にはまだまだ多くの可能性が残されていると感じている。2000年当時、筆者はベンチャーキャピタルに在籍していたが、あのときの熱気と期待感は今も記憶に新しい。当時、新規上場した新興企業の多くが、今では日本産業の一翼を担うようになっている。
アベノミクスの本丸である成長戦略では、ベンチャーや新規ビジネスを生み出す仕組みを整備し、産業の新陳代謝を促すことを掲げている。具体的には、日本の開業率(4.5%)を米国並みの水準(9.3%)まで引き上げることなどを明記している。同時に、企業規律を高めるためのコーポレートガバナンスの向上が成長戦略のもう一つの大きな柱でもある。企業の競争力とマーケットからの信頼性の向上、いわば成長と規律の両輪があってこそ、持続的で健全な資本市場の発展につながることは言うまでもない。今のIPO市場の回復基調を一過性のものとするのではなく、将来の日本経済を支える個性的で多様な企業の成長を支えるべく、市場関係者・ステークホルダーによる一層の連携と支援が今こそ必要である。



注1.オーバーアロットメントによる売出し分を含めて算出した最大資金吸収額は1兆472億円である。注2.上場申請書類によると、(株)すかいらーくの直前期(2013年12月)の連結財務諸表では、資産合計3,068億円のうち、のれんが1,463億円を占めている。またテクノプロ・ホールディングス㈱の直前期(2014年6月)の連結財務諸表では、資産合計536億円のうち、のれんが292億円を占めている。注3. 有価証券届出書によると、上場申請時における創業者の出資割合49.31%に対して、議決権ベースでは89.89%を保有している。