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SECは2010年2月、IFRS適用延期に関する声明(”Commission Statement in Support of Convergence and Global Accounting Standards”以下、2010 Statement) を公表していますが、その際にIFRS適用の判断に向けたワークプランを策定し、実行することを表明し、定期的に検討状況を報告するとしていました。ワークプランおよびそれに基づく中間報告については本コラムでも以前にも触れたことがありました(IFRS適用延期と国益について)。ワークプランは、①IFRSの開発および適用の十分性、②基準開発の独立性、③投資家の理解と教育、④規制環境への影響、⑤企業への影響、⑥人的資源の整備の6項目からなり、その目的は、米国公開企業に適用される現行の財務報告システムについて、IFRSを組み込んだシステムに移行すべきか否か、移行するとすればいつ移行すべきか、またどのように移行すべきかについてSECが判断する上で、関連する具体的な領域と要因について検討することにあります。
2011年11月、SECはこのワークプランに基づいて、SECスタッフによる「実務におけるIFRS分析」(”An Analysis of IFRS in Practice”)と題する新たなスタッフペーパー(以下、本スタッフペーパー)を公表していました。本スタッフペーパーは、実際にIFRSを適用している企業の財務諸表の分析と評価を通じて、その実務上の適用状況を詳細に報告しています。本コラムでは、その内容をご紹介し、そこから見えてくる課題について考察したいと思います。今回はまず、報告書の概要について触れます。
本スタッフペーパーの目的
2010 StatementにおいてSECは、IFRSの適用時期を2015年以降に延期することを表明していますが、その際に、高品質でグローバルな単一の会計基準を策定することを引き続き支持すること、また最終的には財務諸表の比較可能性の向上と投資家の意思決定に役立つことを前提に、IFRSを自国の財務報告システムに組み込むための検討を継続することを確認しています。
本スタッフペーパーは、SECが自国の財務報告システムにIFRSを組み込むか否かについての将来的な判断をする上での情報を提供することを目的としています。
分析対象とその方法
分析は、IFRSに準拠して財務諸表を作成している183社の直近の連結財務諸表を対象としています。サンプルの選定は、Fortune magazine誌が編集し、公表している売上高の世界上位500社の年間ランキング(FG500)を対象として、その2009年版をベースに行っています。これらの中から、IFRSに準拠して財務諸表を作成し、英語によって開示されている企業をその抽出の対象としています。
国別では22ヶ国から成り(内、およそ80%がEC域内の企業)、ドイツ、フランス、英国で過半を占めています(表1参照)。また業種別の内訳では、36業種から構成されています(表2参照)。分析の時点におけるSEC登録企業は47社、また過去にSECに登録していた企業は29社です。
分析の一環として、SECスタッフはそれぞれの財務諸表を分析し、開示の透明性と明瞭性、IFRSへの準拠性、財務諸表の比較可能性を含む各論点について検討を進めています。分析に当たっては、特に取引の認識・測定に関するIFRSの要件が実務上、どのように適用されているかに焦点を当てていますが、分析・評価をするための情報自体は開示資料のみから入手しており、所定の手続きにより新たに追加的な情報を得ることなどはしていません。
前提条件
本スタッフペーパーは、IFRSを組み込むか否かについてのSECの判断をサポートする情報を提供し、ワークプランの実行に資することであり、IFRSとUSGAAPの適用状況を比較することを意図していないし、また比較もしていません。そのため、本スタッフペーパーと類似した見解は、USGAAPを適用している場合にもあり得るとされています。
また本スタッフペーパーは、IFRSを組み込むべきか否かについて提案を意図したものではなく、SECによるIFRS適用の可否に向けたワークプランの一環として、その意思決定を後押しするための多方面にわたる努力の構成要素の一つとして位置づけられています。
IFRSの適用状況と主な見解
IFRSの適用状況を分析した結果、調査の対象となった企業の財務諸表は概ねIFRSに準拠しているように思われると述べています。しかし分析の結果、検討を要するテーマとして、以下の2つを挙げています。
1.財務諸表の透明性と明瞭性の点で改善の余地がある。
2.IFRS適用上の実務が統一していないため、比較可能性に難点がある。
1点目については、例えば、いくつかの企業では特定領域に関連する会計方針を明らかにしていないと指摘しています。また、多くの企業では、会計方針の説明が十分でなく、投資家の理解に役立つような、詳細あるいは明確な開示がなされていないように見受けられるとし、それらのなかには財務諸表において最も重要な金額的影響があると企業が判断している項目も含まれていると述べています。IFRSと整合性のない用語を使用している事例もあったと言います。さらには、その具体的な内容の不明確な現地のガイドラインに準拠している企業もあったと指摘しています。結果として、特定の開示については、取引の実態や当該取引が財務諸表にどのように反映されているのかについて理解することが困難であると述べています。
以上から、いくつかのケースでは、その開示の内容(又は非開示)に照らして、当該財務諸表がIFRSに準拠しているのか否かについて疑問が生じたと指摘しています。ただし、今回の作業では、その調査の性質上、これらの疑問を解消するための追加的な情報を企業から得ることは出来なかったと説明しています。
2点目としては、IFRS適用が実務上、さまざまなかたちで行われているため、国家間および業種間の比較可能性に問題があると述べています。この適用の多様性は、さまざまな要素に起因します。例えば、IFRSそのものの特性によって生じている場合があり、それは基準上、明確に容認されている選択適用の結果である場合、あるいはまた特定領域において基準自体が存在しないことによって生じている場合のいずれかの結果であると述べています。他方で、そもそもIFRSに準拠していないことによって生じているのではないかと見受けられるケースもあるとしています。
IFRSそのものの特性に起因する多様性については、各国の基準設定機関や規制当局によって示される指針によって、実務上、改善されることもあれば、企業が従来から踏襲していた実務慣行をIFRSに適用することによって改善されることもあると述べています。しかしながら、これら指針や実務慣行が各国内における比較可能性を向上させる一方で、グローバルなレベルでの比較可能性は低下するおそれがあると指摘しています。
【筆者コメント】
IFRSの適用は、概念的には「ルールベース」から「プリンシプルベース」への転換を意味すると言われますが、実際の作業では一定の指針がないとワークしないのも現実です。このため実務上は、基準に照らしつつも、取引の事態および実行可能性を比較考量して、実務に耐えうるルール作りをしていくことになります。
「プリンシプルベース」であるIFRSの特性が、結果として比較可能性を損なうのではないかという議論は以前よりなされていました。本スタッフペーパーは、そのような事態を裏付けたことになります。実務に適用できる具体的な指針がない場合、結局は現地指針や会計慣行に依拠せざるを得ない。グローバル化はローカル化とも言われますが、会計のグローバリゼーションはローカライゼーションとの葛藤を誘発するということでしょうか。SECは一連のワークプランの中で、基本的に「adoption」「convergence」ではなく「incorporation」という言い回しに終始しています。あくまで自国の制度にIFRSを組み込むというスタンスであり、本スタッフレポートを素直に読む限りはその姿勢に変わりはないと言えます。
次回は、各トピックスに関する具体的な検討内容についてご紹介します。