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【サマリー】
図表1 新規上場件数の推移
2015年の株式市場全体を俯瞰すると、上半期はアベノミクスによる政策効果や円安に伴う企業業績向上への期待などから、4月には日経平均株価が2万円台に達するなど順調に推移した。しかし下半期には流れが一転し、ギリシャの債務問題の再燃やチャイナショックなどを契機とした世界同時株安の影響を受けるなど、日本の株式市場においても波乱の展開となった(図表2)。
こうした中、2015年の新規上場件数は98社(プロ向け市場6社含む)、前年比18社の増加となった。2010年以降におけるIPO市場の回復基調は、新規公開企業への期待のみならず、株式市場全体の動向および2011年から取り組まれている制度改正が主たる要因となっていると言えよう(図表3・4)。
本レポートでは、2015年のIPO市場を振返りながら、その動向を整理してみたい。なお文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。
図表2 日経平均株価の推移
図表3 IPOを巡る制度改正の流れ
図表4 新規上場件数と日経平均株価の推移
NEXT:「上位3業種は不変・6割超がマザーズへ」
(1)業種別ランキング
~上位3業種は変わらず~
業種別内訳ではサービス業がトップとなった(図表5)。昨年まで2年連続1位だった情報・通信業は2位となったものの、上位3業種(情報・通信業、サービス業、小売業)のシェアは依然として6割超を占めており、全体的な傾向に変わりはない(図表6)。またサービス業、小売業とされている企業37社のうち少なくとも14社は、主要事業がインターネットを介したサービスを提供しており、業種の垣根を越えた事業展開が行われているのが実態と言えよう(下記【参考事例】参照)。
【参考事例】
・ マーケットエンタープライズ:【小売業】ネット型リユース事業(リサイクル)・ ファーストロジック:【サービス業】不動産投資のマッチングサイト・ イトクロ:【サービス業】教育業界・金融業界のポータル(ユーザー・企業のマッチング)・ AppBank:【サービス業】ソーシャルアプリ開発会社(ゲームの攻略サイト)・ ピクスタ:【小売業】デジタル素材(画像等)の販売
図表5 2015年 業種別内訳
図表6 業種別内訳の年比較
(2)市場別内訳
~6割がマザーズ市場へ上場~
市場別の内訳では、マザーズ市場が全体の60%超を占めている(図表7)。マザーズの占める割合はここ数年増加を続けてきているが(2013年50%→2014年55%→2015年62%:図表8・9)、将来のステップアップを視野に入れた成長企業向け市場としての地位が定着したと言える。
図表7 市場別内訳
図表8 市場別内訳推移
図表9 市場別の割合(2013年-2015年)
NEXT:「IPO後の市場変更が活発化」
【市場変更の動向】
~14社が新規上場後1年以内に市場変更~
2011年の制度改正「マザーズの信頼性向上及び活性化に向けた上場制度の整備」では、ステップアップ市場としてのマザーズの市場コンセプトを明確にするとともに、「上場10年経過後は本則市場の第二部に変更するかマザーズ上場を継続するか選択する」という規則(10年ルール)が設けられた(適用は2014年3月末以降)。
新興市場に上場した企業による市場変更は、2013年以降活発化しており、一連の制度改正が後押しとなっている様子がうかがえる。実際、2012年はマザーズ上場企業11社のみが市場変更していたのに対して、2015年はマザーズ上場企業44社、ジャスダック上場企業45社の合計89社が市場変更を行っている(図表10~12)※1。 こうした中、10年ルールが適用された2014年以降、マザーズから市場二部へ市場変更も目立っている(図表13)。
図表10 本則市場へ市場変更した新興企業社数
図表11 マザーズから本則市場等への変更社数の推移
図表12 JASDAQから本則市場等への変更社数の推移
図表13 マザーズから市場第二部への変更理由
※1. 新興市場から本則市場への市場変更が増えていることの要因としては、いわゆる10年ルールによる影響のほか、本則市場への上場基準の改正による影響も挙げられる(2012年3月 「東証:中堅・中小企業のIPO活性化のための上場制度の整備等」)。同改正では、上場基準の4つの項目(1.利益の額又は時価総額、2.純資産の額、3.時価総額、4.企業の継続性・収益性に関する審査基準)において、上場基準が緩和されている。なお、新規上場を巡る一連の制度改正については「新規上場制度をめぐる最近の動向(2014/04/07)」も参照されたい。
また2013年(58社)および2014年(80社)の新規上場企業のうち、1年以内に市場変更した企業が14社、2年以内に市場変更した企業が10社あった。図表14では代表的な事例を示している。
図表14 新規上場後1年以内に市場変更した企業(事例)
※2. スノーピークのみ直前2期の利益額の合計
NEXT:「IPOに至る年数・初値の動き」
創業から新規上場に至るまでの平均年数は23年( 2014年は平均22年)となっている。ここ数年、全体の約7割が創業後5年~20年の間に集中している(図表15)。市場別では、 マザーズ平均が15年、JASDAQ平均が38年、本則市場平均が43年となっている。
創業後5年未満でのIPOは6社(2014年3社)、創業後50年以上でのIPOは12社(2014年13社)である。創業間もない新興企業から伝統ある中堅企業までIPO市場の裾野は広がっている。
図表15 創業から新規上場までの年数
(4)初値の動き
~目立った変化なし~
初値と公募価格の倍率(騰落率)は、全体平均で1.85倍と2014年(1.9倍)とほぼ同水準となった。市場別では、マザーズが1.9倍(2014年2.4倍)と若干低下したものの、本則市場では1.2倍(2014年▲1.6%)、 JASDAQ市場では2.2倍(2014年 1.7倍)となっており、全体としての騰落率は例年と大きくは変わらないと言えよう(図表16)。また初値が公募価格を下回った銘柄は8社であり、2014年(15社)よりは減少した(図表17)。
図表18は、初値/公募価格の倍率ランキング上位10社を示している。上位5社の初値は公募価格の4倍を超えている点などは2014年と同様である。また2倍を超える銘柄も全体で30社(2014年29社)と上位銘柄の傾向は変わっていない。
図表16 市場別平均騰落率
図表17 騰落率の分布状況
図表18 騰落率ランキング上位10社
NEXT:「ファイナンス規模は縮小」
(5)資金調達状況
~ファイナンス規模は縮小~
2015年IPO市場全体のファイナンス規模は、資金吸収額合計(公募・売出し合計)が1兆7,507億円(オーバーアロットメントによる売出し分は除く)と前年比倍増したのに対し、資金調達額合計は913億円と前年比1/3以下にまで落ち込んだ(図表19参照)。資金吸収額については郵政3社(資金吸収額計1兆4,362億円)が大きく寄与したものの、資金調達額については、郵政3社以外は概ね中小型案件中心であったことが全体的な落込みとして現れている(図表20)。
1社あたりの平均資金吸収額は190億円(2014年126億円)だったのに対し、平均資金調達額は11億円(2014年48億円)となった(図表21・22)。平均資金吸収額についても、郵政3社による押し上げ効果を除外した場合では34億円となり、2014年(60億円)の半分程度に留まる。全体としてファイナンス規模は縮小している。
図表19 ファイナンスサイズ合計額
※3. 資金調達額:公募株数×公募価格にて算出※4. 資金吸収額:(公募株数+売出株数)×公募価格にて算出。ただし、オーバーアロットメントによる売出し分は含まない
図表20 資金吸収規模別の分布
※5. 資金吸収額:(公募株数+売出株数)×公募価格にて算出。ただし、オーバーアロットメントによる売出し分は含まない。
図表21 平均資金吸収額
※6. 平均資金吸収額 :資金吸収額の総計/新規上場企業件数
図表22 平均資金調達額
※7. 平均資金調達額 : 資金調達額の総計/新規上場企業件数
2015年の新規上場件数は、一連の制度改正によるIPO市場の活性化策および株式市場の動向にも支えられて、6年連続で増加した。2016年はこの流れを維持し、大型案件も含めて9年ぶりに100社の大台に到達するとの声もある。一方、年明け以降、世界経済は減速の度合いを強めており、金融市場も波乱含みで展開するなど、世界各国の株式市場は予断を許せない情勢が続いている。加えて昨年は、新規上場後間もない企業における問題も指摘され、東証からは「最近の新規公開を巡る問題と対応について」(2015年3月31日)が公表されたことは記憶に新しい。
冒頭の図表3からもわかるように、世界的な金融緩和により株価水準はリーマンショック前の水準を一時超えるなどパフォーマンスを高めてきたが、IPOの動向はまだまだかつての勢いに追いついていないのが実情である。IPO社数は回復傾向にあるとは言うものの、ようやくリーマンショック前の下限が見えてきた段階である。その水準はまだピーク(2000年の203社)の半分程度に過ぎないが、今後は数だけでなく、その質もより一層問われていくのは間違いない。
2000年以降のグローバル経済は、世界的なIT革命を柱として推進されてきたことは言うまでもない。昨今は、これまであまり馴染のなかった金融業界にもFinTech革命として波及しつつある。IPOを含め資本市場全体をしっかりとした足取りとしたものにしていくためには、 FinTech革命のみならず、量子コンピューターの実用化や新エネルギー革命の創出など、新たなイノベーションによる次世代産業の誕生が待たれる。2016年はその過渡期として産みの苦しみを味わうことも想定し得るが、政府・企業・市場関係者はマインドを転換し、官民一体となって変化の時代に立向かっていかなければならないであろう。創造的破壊とするのか、混迷となるのかは、我々の手にあると考える。
以上